2026年04月14日

お引越し

マンションを買った。少しずつ、荷物を運んだ。
ティーポットに食器、加湿器、クッション。
ハルキは鈍感だから、少しずつ物が無くなっていることに気づかない。
さすがにオーブンレンジや炊飯器が無くなったら気づくだろうから、それは後で一気に持っていく。

ハルキと暮らし始めて1年。彼はとてもいい人だけど、ひとつだけどうしても我慢できないことがある。
ハルキは、物を買わない。もともと最低限の生活用品しか持っていなかった。しかも安っぽい地味な物ばかり。
だから私が買い足したり、古くなったものを買い替えたりした。
彼はお金を半分出すわけでもなく、平然とそれらを使う。
もっと大きい冷蔵庫を買おうと提案すれば、「僕はこれで充分だよ」って言う。
冷蔵庫ぐらいあなたが買ってよっていう意味なのに、まるで伝わらない。
だから私、出て行くことにした。
マンションを買ったことを話せば、ハルキはきっと、当たり前のようについてくる。
確かに私の方が収入は上だけど、甘えてばかりのハルキにウンザリ。
置手紙を置いて、こっそり出て行く。それでおしまい。
彼は物と私が消えた部屋で、呆然とするだろう。そして少しは反省するかしら。

決行は明日。もう有給届も出してある。
ハルキが会社に行ったあと、手配した引っ越し屋がやってくる。
ああ、彼にもう少し収入があって、お金を出し合って最新の家電を買えるような関係ならよかったのに。やっぱり一緒に暮らさないと、分からないことってあるものね。

仕事を終えて家に帰って、電気をつけた。あれ? 何か変。
テレビがない。冷蔵庫もない。テーブルも、本棚も、ハルキの物が何もない。
えっ、どういうこと? 呆然としたのは私の方だ。
オーブンレンジに張り紙があった。彼の置手紙。
『ごめん。もう一緒に暮らせない。出て行きます』
何ですって? 私はすぐにハルキに電話した。
「どういうことなの?」
「ごめん。実は、去年亡くなった祖父から、マンションを相続したんだ。君と一緒に暮らすことも考えたけど、どうしても我慢できないことがあってさ」
「なに?」
「僕は、シンプルな暮らしが好きなんだ。家電や家具もモノトーンで統一してた。だけど君と暮らし始めて、どぎつい色のソファーや、まるで統一性のない食器や家電を買ってきて、耐えられなかった。受け入れようと思ったけどダメだった。だからひとりで引っ越そうと決めたんだ」
「えっ、それならそうと言ってよ」
「でも、君のお金で買ったものを、僕も使わせてもらっていたから言いづらくてさ。でも、もう限界。それで今日、有休をもらって引っ越した。君のことは好きだけど、一緒に暮らすのは、もう無理だ」

ああ、こんなことなら、ちゃんと話し合えばよかった。
だけどもう遅い。彼も私と同じことを考えていたなんて。
結局私たちは、1年暮らしたアパートを引き払って、それぞれのマンションで暮らすことになった。

それから半年。
「ハルキ、今日そっちの部屋に行っていい?」
「いいけど、散らかさないでね。この前君が帰った後、スナック菓子のカスがいっぱい落ちてたよ」
「テーブルが黒だから目立つのよ。黄色にすればいいわ」
「いやだよ」

私たちは、お互いの部屋を行き来している。
なぜって?
だって、私のマンションとハルキのマンション、偶然にも隣同士だった。
ようするに、一緒に暮らさなきゃいいってこと。
ずっとこの関係なら私たち、長続きするんじゃないかしら。

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posted by りんさん at 15:36| Comment(5) | 男と女ストーリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年04月09日

おじいちゃんの駆け落ち

おじいちゃんが駆け落ちをした。大学から帰ったら、パパとママが呆れていた。
「また?」
「これで25回目よ」
「いい年して、よくやるな」
おじいちゃんは駆け落ちの常習犯。
最初の駆け落ちは、16才。相手は交際を反対された同級生だって。
3日で連れ戻されて、恋が終わった。
それからもじいちゃんは駆け落ちを繰り返した。
看護師や人妻、ホステスなど、相手は誰でもいいのかな。

おばあちゃんと結婚してからは、さすがに治まったらしいけど、早くにおばあちゃんに先立たれて、寂しさを埋めるようにまた始まったそうだ。
そして今回で25回目。

「今度の行き先はどこ?」
「伊豆だな。今ごろ温泉にでも入っているだろう」
おじいちゃんは、必ず行き先の証拠を残す。メモや旅行のチラシやパンフレット。
今回は、パソコンの履歴に伊豆のホテルの予約記録が残っていた。
つまり、迎えに来てほしいということだ。
「春香、明日大学休みでしょ。迎えに行ってもらえない? おこずかいあげるから」
「はあ?わたしが行くの?」
「孫が迎えに行けば、さすがに懲りるだろう」

そんなわけで、よく晴れた翌日、わたしは車で伊豆に向かった。
海風が気持ちいい。
おじいちゃんは、すぐに見つかった。ホテルの前のビーチで日向ぼっこをしていた。
隣には大きな帽子をかぶった女性がいた。
「おじいちゃん」
「おや、春香じゃないか。なーんだ、もう連れ戻しに来たのか」
「だっておじいちゃん、迎えに来ないと帰らないでしょ」
「そうだな。連れ戻されるまでが駆け落ちだからな」
「そうね」と隣の女性が笑った。
「三郎さんに、こんな可愛いお孫さんがいたなんてビックリね」
女性がわたしを見た。駆け落ちの相手はもっと若いと思っていたけど、おじいちゃんと同じくらいの年だった。
「この人は、幸恵さんだ。おじいちゃんが初めて駆け落ちをした人だ」
「ええっ、16歳の時の同級生?」
「そうよ、あなたのおじいちゃんは、私の初恋の人。実らない恋だったけど、あれからずっと忘れられないの」
「へえ、すごい純愛。初恋の人が忘れられないなんて」
「違うわよ。忘れられないのは駆け落ちのスリルよ。あれから私、何度も駆け落ちしたの。おかげで夫から離縁されたけど、それでもやめられないのよね」
「そうだな。今回で25回目だな」
おじいちゃんが言った。えっ、まさか、駆け落ちの相手は、毎回この人? 看護師、人妻、ホステス。みんな同じ人?
「まあ、そういうことだ」
「じゃあ、お互い独り身なんだから、一緒になったらいいじゃない」
わたしが言ったら、ふたりは顔を見合わせた。
「いやよ。一緒になったら駆け落ちができないじゃないの」
そしてふたりは、無理やり引き裂かれた恋人同士みたいな顔で別れた。
「来世では必ず結ばれようね」なんて言いながら手を握りあってる。
いやいや、現世で結ばれろよ。とんだ茶番だ。

わたしは、おじいちゃんを助手席に乗せて走り出した。
「そうだ、春香。道の駅でおみやげでも買って帰るか」
おみやげって……。あのさ、おじいちゃん。これって、駆け落ちじゃなくて、ただの温泉旅行だよ。
「わたし、海鮮丼食べたい。あと、次の駆け落ちはハワイにして」

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posted by りんさん at 11:09| Comment(10) | コメディー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年03月31日

幸福と不幸の桜

村のはずれに、二本の桜の木があった。
一本は「幸福の桜」、そしてもう一本は「不幸の桜」と呼ばれていた。

結婚して半年。この春から夫の実家で暮らすことになった。
夫の実家は田舎町の大地主。驚くほど広い敷地の中に、私たちの新居を建てた。
田舎暮らしに抵抗はあったが、家賃が無料なうえに新鮮な野菜がタダで手に入る。
仕事はリモートで問題ないし、夫の両親とは完全に別居だから気を遣うこともない。
この村で暮らすだけで礼を言われ、誰からもちやほやされた。

「桜を見に行こう」と夫が言った。
車を走らせたどり着いたのは、村はずれの二本の桜の木。
「向かって右が、幸福の桜、左が不幸の桜だ」
「へえ、同じ桜なのに、どうして違うの?」
「昔からの言い伝えだよ。ある春の朝、右の桜は美しい花を咲かせていたけれど、左の桜はまっ黒だった。枝いっぱいに、カラスがいたんだ。カラスが桜の木を覆っていたんだ。不吉なことが起こるんじゃないかと、村人が集まった。するとカラスはいっせいに飛び立った。そこに、何があったと思う?」
「さあ」
「首吊り死体だ。村の若い娘が理不尽な縁談話を断れず首をくくったんだ。右の桜は娘を憐れむように美しく舞った。まるで地獄と極楽のような風景だったそうだ」
「ふうん。ただの言い伝えじゃないの。そもそも、カラスが群がっていたのはそこに死体があったから。不吉でも何でもないわ」
「ただの言い伝えでも、僕たちはそれを信じてきた。今日君をここに連れてきたのは、幸福の桜の前で写真を撮るためだ。ここで写真を撮ったカップルは永遠に幸せになれるんだ」
「それも言い伝え? じゃあ、不幸の桜の前で写真を撮ったらどうなるの?」
「さあ、知らないよ。不幸の桜の前で写真を撮る人なんていないから。だけどきっと悪いことが起きる」
「じゃあ、撮ってみる?」
「やめてくれ。君の好奇心と探求心は、この村では封印してくれ」
「わかった」と、私たちは幸福の木の前で写真を撮った。

しばらくは順風満帆だった。夫は村役場で働き始め、私は家で仕事。週末はふたりで出かけて、月に一度は東京へ行く。それでいいはずだった。
ある時期から、村の行事に参加するように言われた。
祭りの準備、婦人会、ボランティア活動。高齢者ばかりだから、若者の力を借りたいのはわかるけど、私はそういうことに一切関わらない約束でここに来た。
義母はそれを承知しているはずなのに、周りの年寄りたちに逆らえない。
「ちょっとでいいの。顔出すだけでいいから、一度お願いできないかな?」
「お義母さん、一度顔を出すと、あてにされるんです。私は行きませんから」
そんなやり取りを続けながら、一年が過ぎた。

桜が今年も咲いた。気のいい夫は、寄り合いや村の行事で忙しい。
退屈しのぎに、私はひとりで村はずれの桜の木を見に行った。
朝から、桜の前に村人たちが集まっていた。何かあったのかと思いながら車を降りて「はっ」と息をのんだ。まっ黒だった。不幸の桜がまっ黒だった。
カラスだ。カラスが桜を覆っている。
みんなの目の前で、カラスがいっせいに飛び立った。そのとたん、悲鳴が上がる。
「首吊りだ!」
枝にぶら下がって揺れている人を見て、私は叫んだ。
「お義母さん!」

義母は、村人と私との板挟みに耐え切れず精神を病んだ。そして命を絶ったのだ。
駆けつけた夫と義父が半狂乱になりながら義母を抱きしめた。
「だれか、不幸の桜の前で写真撮らなかったか?」と誰かが言った。
「不幸の桜の前で写真を撮ると、家族に不幸が起きるんだ。昔からの言い伝えだ」
夫が私を見た。「知らない。撮ってない」と答えた。

本当は、撮っていた。去年夫と来たときに、こっそり撮った自撮り写真。
ただの言い伝えだと証明したかっただけなのに。
私の手から、スマホが滑り落ちた。開いてもいないのに、画像が浮かび上がる。
不幸の桜の前で撮った自撮り写真。私は笑っていた。
視線が突き刺さる。夫が、義父が、村人が、冷たい視線を投げかける。
「私、そんなに悪いことした?」
誰も答えなかった。風が吹き、幸福の桜がはらはら舞った。
私を追い立てるように舞い続けた。
私は、もうこの村にはいられないことを知る。
ひび割れたスマホの画面は、待ち受けにしていた、夫との写真。
永遠の幸せ伝説は、ただの言い伝えだったようだ。

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posted by りんさん at 14:45| Comment(6) | ミステリー? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする