2025年03月21日

空の色(空見の日)

「おはようございます。瑠璃子さん」
「おはよう、春香さん。今日の空は、どんな色?」
「はい、白鳥が飛び立った後の、澄んだ湖のような青です」
「まあ素敵」

視力を失った瑠璃子さんのお世話をするようになって、もうすぐ1年。
初めて会ったとき、瑠璃子さんは私に言った。
「春香さん、私が最後に見た空は、どんな色だったと思う?」
「さあ、その日のお天気にもよりますので」
「絶望の色よ」
「じゃあ、黒……とか?」
瑠璃子さんは、穏やかに笑いながら言った。
「あなたの想像力は壊滅的ね」

それから私は、空を毎日眺めた。朝昼晩、そして深夜。
同じじゃない。晴れも雨も曇りも雪も、ひとつの色では語れないことを知った。
「瞼が閉じてしまうのを必死で抑えなければならないような、重い灰色です」
「カラスの黒がより引き立つような、濃い朱色です」
瑠璃子さんが「まあ素敵」と言ってくれると、私は心から嬉しい。

桜がつぼみ始めた3月、お部屋に行くと、瑠璃子さんは窓辺で空を見ていた。
一瞬見えるのかと思うほど、じっと見ている。
「瑠璃子さん、おはようございます」
「おはよう、春香さん」
「今日の空は……」
「まって、春香さん。その前にお話があるの」
「何でしょう」
「春香さん、今日までありがとう。明日からはもう、来なくていいのよ」
「えっ」

もともと1年契約だった。てっきり更新してくれるとばかり思っていたのにショックだ。
「あの、至らない点がありましたか?」
「まさか。あなたはとても良くしてくれたわ。実は私、施設にお世話になることにしたの」
「まあ、いつからですか?」
「明日迎えが来るわ。足もだいぶ弱ってきてね、この家で暮らすのはもう無理なのよ」
確かに、通いの介護では限界がある。仕方のないことだ。

瑠璃子さんは、私の手を包むように握った。
「春香さんとの時間、楽しかったわ」
「こちらこそ。楽しかったです」
「ねえ、今の空はどんな色?」
私は、空を見上げた。今にも雨が降りそうな曇り空。
涙が溢れて、かすんで見える。
「そうですね。うっかり墨を垂らしてしまった水墨画みたいに、滲んでいます」
「あら、私が最後に見た空と同じね」
「そうですか。でも、絶望の色じゃない。だって生きていれば、また会えるじゃないですか、私たち」

ふたりで並んで空を見上げた。目をつぶって想像する。
瑠璃子さんが想い描く空を、私も見ている。


PXL_20250320_050044842.MP.jpg

PXL_20250320_050441359.MP.jpg

※もぐらさんの呼びかけで、3月20日は「空見の日」
お空に行っちゃった人を思いながら、空を見ます。
ここは、十数年前に父と母の金婚式のお祝いをした場所。
懐かしいな。父も空から見ているかしら^^

PXL_20250320_050201103.MP.jpg

河津桜越しの青空。少し寒いけど、いい空でした。
もぐらさんの空見はこちら↓
http://koedasu.cocolog-nifty.com/blog/

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村

posted by りんさん at 13:24| Comment(3) | 競作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年03月14日

制服

卒業証書を抱えた高校生とすれ違った。
あの制服、私の母校だ。懐かしい。
放課後のおしゃべりとか、部活のあとのアイスとか、そんなことばかり思い出す。
私の隣にはいつも珠里がいた。よくもまあ飽きずに、毎日一緒にいたな。

二人でいるのが当たり前だったのに、珠里とは卒業してから一度も会っていない。
絶対また会おうって言ったのに、一度も会っていない。
夏休みに会う計画を立てたのに、結局会えなかった。
原因は、新型コロナウイルスの蔓延。終息したら会おうって言いながら、それっきり。
新しい友達や、新しい環境の中で、珠里の存在感はだんだん薄れていった。
たぶん珠里の方もそうだったんだ。
きっと、自然消滅する恋人同士って、こんな感じだ。
連絡も取り合わないまま、私は社会人になった。
地元に帰って1年が過ぎた。
4年間東京で寮生活をしていたけれど、やっぱり地元の方が楽だ。

久しぶりに菜の花の河原を歩いて、高校時代を思い出した。
珠里と二人で歩いた道。
ここでばったり再開、なんてマンガみたいなことは起こらない。
母に頼まれた豆腐と牛乳をぶら下げて、私は家に帰った。

家に帰ると、母が私の制服を居間の壁に掛けていた。
「あら、お帰り。ねえ、この制服、木村さんの娘さんにあげていい? 春からA高に通うんだって。お下がり欲しいって言われてるの」
「そうなんだ。別にいいよ」
そう言いながら、見ているうちに妙に懐かしくなった。
「お母さん、あげる前に、ちょっと着ていい?」
「えっ、あんたが着るの? 高校の制服を?」
「ちょっとだけ。コスプレだよ、コスプレ」
私は部屋に行って、懐かしい制服を着た。
「やだ、まだぜんぜんイケるじゃん。お母さーん、写真撮ってー」
庭に出て、桃の木の下で母にスマホを渡す。
母は呆れ顔でシャッターを押しながら「あんた、まだ子どもだね」と笑った。

ギャルみたいなポーズで撮った写真。面白い。
誰かに送りたいって思った。
最初に浮かんだのは、やっぱり珠里だ。
私は、すっかり下の方に行っちゃった珠里のラインを引っ張り出して、写真を送った。
『22歳 狂い咲き』って言葉を添えて。
ドキドキした。既読無視されたらどうしよう。ただのコスプレバカって思われたら恥ずかしすぎる。
ヤバいくらいに心臓がバクバクしていたから、1分後の返信に飛び上がった。

パンダが笑い転げるスタンプと『ウケる』の文字。
そして『明日ヒマ』って、さらっと書いてあった。
なあんだ。簡単なんだ。私たち、こんな簡単に繋がれるんだ。
力が抜けて、笑い転げた。

「制服、早く脱ぎなさいよ」と、母の声。
あー、ごめん、お母さん。もう少しだけ、このままでいさせて。

DSCF0045.jpg


にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村

posted by りんさん at 12:52| Comment(8) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年03月09日

切り捨て

2105年、人間は2種類に分けられる。
AIを使う人間と、AIに使われる人間。
世界の7割の人間は、AIに使われている。
AIロボットの指示で働き、失敗すると容赦なく切られる。
切られた人間はスラム街へと流れ、ひどく荒れた暮らしをしている。

私はもちろんAIを使う側の人間。
「おはよう、アンジー」
「おはようございます。スドウ様」
「先月の、西区の売り上げを出してちょうだい」
「承知しました」
「うーん、Bブロックの業績が悪いわね。原因は何だと思う。アンジー」
「AIロボット30台に対し、人間200名は多いかと。人件費が無駄です」
「そうね、50名ほど切りましょう。アンジー、ピックアップお願い」
「承知しました」
AIロボットは、人間みたいに迷わない。的確に、能力が低い人間を切り捨てる。

「ところでスドウ様、今日はマリアさんのバースデーです」
「あら、そうだったわ。ビンテージのぬいぐるみでも贈っておいて」
「スドウ様、マリアさんは12歳です。統計的には、ブランドの時計などがよろしいかと」
「まあ、そんなになるの。私も年をとるはずだわ。じゃあアンジー、お願いね」

結婚はしていないけど、娘はいる。遺伝子を遺すために作った娘。それがマリア。
会うのは3年に一度。優秀な子育てロボットに全てを任せている。
私もそうして育った。人間が育てたら、有能な人間は育たない。

ひと月後、西区の業績が上がり、私の地位は安泰だ。
「スドウ様、本日は、マリアさんとの面会日です」
「そうだったわ。アンジー、車をお願い」
「承知しました」

マリアが好きなお菓子を買い、車に乗り込む。AI搭載車がスムーズに走り出す。
マリアが住んでいるのは、優秀な子どもたちを育てる研究施設。
「スドウ様、いらっしゃいませ」
ここには、人間の大人はいない。完璧なシステムを組み込んだAIロボットが、食事から学習、運動能力から就寝まで管理する。
有能な大人に育つまで、しっかりサポートしてくれる。

「マリアはどこかしら」
「はい、スドウ様、マリアさんはB棟にいます」
「B棟? そんな施設あったかしら」
オートカートに乗ってB棟に着くと、いきなり丸めた紙くずを投げつけられた。
すさんだ目をした子どもたちが、反抗的な目で私を見る。
「何なの。ここはスラム街?」
「そうだよ、ママ」
振り向くと、マリアが立っていた。擦り切れたジーンズを履いている。
「マリア、いったいどうしたの? ママが送った服は?」
「高価な服は、落ちこぼれ棟には回ってこないわ」
「落ちこぼれ? マリアが?」
「そう。あたし、勉強嫌いだしバカだから、AI先生に切られたの。でもね、こっちの方がよっぽどいいよ。自由だもん」

何てこと。信じられない。私はすぐに、施設長に苦情を言った。
「多額の寄付をしているのに、どういうことなの?」
「スドウマリアさんは、われわれの理想とするレベルには程遠いです。よって、切り捨てました」
「何ですって。そんなのおかしいわ」
「しかし、私たちはそのようにプログラムされておりますので」
「戻しなさい。すぐにマリアを戻しなさい」
AI警備隊によって、私は外に出された。クレーマー対応ボタンが押されたのだ。

すべて私がAIにやらせていたこと。それが正しいと信じていたこと。
混乱する頭で、施設の塀づたいに歩いた。
B棟の前を通ると、マリアが無邪気な顔で手を振った。
娘の笑顔を初めて見た。そして私は、初めて泣いた。

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村

posted by りんさん at 10:52| Comment(12) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする